電脳遊戯 第4話 |
『ああ、来たかスザク』 寝室に置かれた大きなスピーカーから聞こえたのはルルーシュの声。 成程、セシルが見つめていたのは通信用のモニターだったのかと、スザクはセシルの元へと足を進めた。 セシルは立ち上がると、スザクにモニターの前に座るよう促されたので、そこに座り画面を見ると、白い皇帝服を身に纏ったルルーシュの姿が映し出されていた。 どうやらルルーシュがいるのは、何処かの建物の通路らしい。 その通路を、ルルーシュはゆっくりとした歩調で歩いていて、映像もそれに合わせてと動いた。移動している相手を自動追尾するカメラでも作ったのだろうか? だが、画質はあまり良くないらしく、全体的にぼやけていて鮮明さに欠けていた。カメラの大きさがどのぐらいかは解らないが、駆動音は聞こえない。これが小型で対象に気づかれにくい物なら、ゼロレクイエムの後も活用できる可能性は高い、か。 だとしても、そのテストをルルーシュ自らやるのはおかしいのではないかと、スザクは不愉快そうに眉を寄せた。 「ルルーシュ。今どこにいる。一人で出歩かないよう、何度言ったらわかるんだ」 通路を歩くルルーシュの傍には人影は無い。 足音もルルーシュのものしか聞こえてこない。 理由はどうあれ、また一人で勝手に出歩いているのだ。 いくらギアス兵で固めている宮殿内とはいえ、いつ敵が攻め込んでくるか解らない以上、必ず護衛を着けるべきだ。せめてC.C.が共に居るべきだろう。 すぐに迎えに行きたいところだが、残念ながらこの通路に見覚えはなかった。 『悪いなスザク。緊急事態で誰も連れてくる事は出来なかったんだ』 映像はルルーシュの全身と風景が映し出されている上に、鮮明では無いためその表情はよく解らないが、声の様子から苦笑している事が解る。 そんなふうに笑っているくせに、何処が緊急事態なんだ。 スザクの眉間には、深いシワが刻まれた。 「緊急事態なら尚更だ。迎えに行く、今どこにいるんだ」 危機感が足りな過ぎる。 『迎えに、か』 再び苦笑するような声。 それと同時にルルーシュの足が止まると、疲れたように壁に寄り掛かった。 こちらは真剣に尋ねているのに、笑いながらはぐらかすなんて。 「もったいぶらずに何処にいるか言え!俺はお前の戯言にいちいち付き合うつもりは無いんだ!!」 非難するように怒鳴りつけ、ルルーシュじゃ拉致があかないとセシルをみると、セシルが憔悴し心底困惑しているという表情を浮かべていた。 「・・・もしかして、自分がどこにいるのか解らないのか?」 誘拐され、その場所に放置され、この映像は犯人から送られているのか?ロイドたちが疲れた表情を見せているのは、逆探知してルルーシュの居場所を探るため?だから病で伏せっている事にしたのか? 『いや、解っているさ』 「じゃあ、どこ?」 苛立ちを込めて尋ねるが、返事は返ってこない。 「ルルーシュ、いい加減にしろ!」 再び怒鳴りつけると、テーブルに突っ伏し眠っていたロイドが飛び起きた。 ロイドが寝ていた事を失念していたスザクは、しまったという顔をしたが、その後のロイドの反応に、思わず声を無くした。 「え!?あ?なになに、何か変化あったの!?」 外していた眼鏡を慌てて掛け、自分の目の前にあるモニターに視線を向けた後、深いため息を吐いた。 「なんだ、全然変わって無いじゃないですか。てっきり何か起きたのかと思ったよ」 心底ガッカリしたような声音で言うと、顔を洗ってくると言い置いて部屋を後にした。 「変化・・・って、何?」 スザクはポツリとつぶやきながら画面を見ると、ルルーシュは辺りを見回した後再び歩き出していた。 『たいした話では無い。で?そっちは上手く行ったのか?』 その問いは、貴族の制圧が上手く行ったのかという問いで「だから戻ってきただろう」と、スザクは半ば呆けた状態で返した。 『そうか、ならいい。今ジェレミアが今朝起きた暴動の鎮圧に向かっている。あと2時間ほどで戻る予定だ』 「ああ、だから居ないのか」 ルルーシュに忠誠を誓っているというジェレミアの姿が無い事に今気付いたスザクは、そうポツリと返した。 「で、ルルーシュ。変化って、何?」 『気にするな、スザク。それよりも、今のところ新たな暴動は起きていない。お前は今のうちに体を休めておけ』 「・・・ルルーシュ、変化って、何?君は今、どこにいるの?」 先ほどからルルーシュはスザクの問いに答えようとしない。 何かおかしいと、スザクは再び同じ問いを口にした。 こうなったらスザクは引かない。 『・・・見ての通り、俺はここにいるが?』 緊張感も危機感も欠片も感じない声音。 だが、その声には違和感しか感じられなかった。 何かが起きているが、スザクには教えないと言っているようにしか聞こえない。 この件はスザクに関わらせない、関係ないという強い拒絶。 『セシル。ロイドが戻ったら一度ランスロットの整備に戻ってくれ。C.C.はいるか?』 「私ならここにいる」 いつの間にか部屋に入っていた魔女は手に持っていたハンバーガーの紙袋をテーブルに置くと、そう答えた。 『二人と交代してくれ』 「ああ、解ったよ。で、枢木はどうするんだ?」 『スザクは休ませる』 「・・・そうか」 C.C.はスザクに、そこを退けと目で訴えた。 スザクはなぜ退かなければならないと、目を眇める。 「枢木スザク、お前今の話聞いてないのか?そこを退いて休め」 「断る。僕はまだルルーシュから回答を貰っていない」 「何を言っているんだ?答えならさっき言っていたぞ?」 スザクを馬鹿にする様に笑いながら、C.C.はそう言った。 その話し方に腹を立てたスザクは、立ち上がると、C.C.の胸倉をつかみ上げた。 女性に手を出すのは男として最低だが、この魔女相手にそれは適用されない。 そう言いたげにスザクは鋭い眼差しでC.C.を見降ろした。 殺気を纏ったナイトオブゼロ。 この殺気に充てられ腰を抜かす者は多いのだが、この魔女相手には通じない。 だがC.C.は、その顔から表情を消すと、感情のこもらない声で言った。 「ルルーシュは"ここ"にいる」 「だから、どこだ」 「言っているだろう、"ここ"だと」 「ふざけるな!」 「ふざけてなどいない。これがルルーシュと私の悪戯だったらよかったのにな?」 スザクがC.C.に手を出したことに思わず声を無くしていたセシルは、我に返ると慌ててスザクに制止をかけた。 「スザク君、落ち着いて」 C.C.を離してというセシルの声に、スザクはしぶしぶ従った。 C.C.はスザクが立ち上ったのは都合がいいと言いたげに、着衣の乱れを直しながらスザクの体を押しのけると、椅子に座りモニターに向かった。 その姿を忌々しげに見つめたスザクはセシルに視線を向けた。 「セシルさん、教えてください」 真剣な眼差しで見つめられ、セシルは困ったように眉を寄せ、端末に視線を移した。 「・・・陛下」 画面には、再び壁に背をゆだねているルルーシュの姿。 「ルルーシュ、この男だけ蚊帳の外にしたい気持ちは解ったが、このままでは面倒になりかねない」 若干疲れを滲ませたC.C.の声に、ルルーシュは顔を俯かせた。 蚊帳の外。 その言葉に、スザクの眉間の皺は深くなった。 「ルルーシュ、説明しろ!」 画面に向かい怒鳴りつける。 『説明も何もない。俺は”ここ”にいる。・・・それだけだ。スザク、お前はまず体を』 「ルルーシュ!!」 スザクが再び怒鳴った時、部屋のドアが開いた。 顔を洗うと言って出て行っていたロイドが戻ってきたのだ。 「何?やっぱり何か変化あったのかな?」 そう言うと小走りになり、先ほどまで座っていた席に慌てて戻った。 そう、小走り。 あのランスロット馬鹿で、ランスロット以外興味を示さないロイドにしてはあり得ないような行動に、思わずぽかんと間の抜けた顔でロイドを見つめた。 そのロイドは、画面を食い入るように見た後、再び深いため息を吐いた。 「何も変わって無いですねぇ。陛下、そちらに何か変化はありましたか?」 『いや、同じだ』 「ですよねぇ」 僕が仮眠する前と変わってないですよねぇ。 「ロイドさん、ルルーシュは?」 「見ての通りだよ。変化無し!このヘンテコな通路に閉じ込められてもう2時間だよ、2時間!何かあれば抜け出す方法も考えれるのに、この通路ホント何も無いよねぇ」 へんてこな通路? 閉じ込められて? 抜け出す? やはり誘拐され、その映像が送られているのか? スザクはC.C.が我が物顔で占拠している場所から離れ、ロイドが見ている端末の方へ移動し、そちらの画面を食い入るように見た。 不鮮明な場所が多く、この映像からは場所を確定する事は出来ないだろう。 何より一面白い壁と白い床、白い天井。何かを示すようなものは見当たらない。 「陛下、先ほどの森に戻れたりしません?」 『・・・残念ながら』 「ですよねー。ってことは、ここに進んだこと自体は間違いじゃないってことなのかなぁ」 ロイドはまだ眠いという顔で目をこすりながら大きな欠伸をした。 「森?」 「そう、森。少し前まで陛下は凶暴な動物がい~っぱい居る森にいて、どうにかそこを抜け出してこの建物に入った所まではよかったんだけど、今度はここから出られなくなったんだよね」 凶暴な動物!? スザクはその単語に驚き、目を瞬かせた後、画面のルルーシュに視線を移した。 ルルーシュは再び辺りを見回しながら長い通路を歩き出していた。 『ロイド、話の続きはスザクが』 ルルーシュがロイドに口止めしようとしている事に気付き、スザクはルルーシュが話し終える前にロイドに尋ねた。 「ロイドさん、ルルーシュの所ってどうやって行くんですか?」 「どうやってって、ギアスしかないんじゃないの?」 何言ってるのさ? そう言いたげにロイドはスザクを見た。 『ロイド!』 ルルーシュは慌てた様子で怒鳴った。 |